2006. 8. (10歳)
作・U坊



存在


俺がいつもの公園のベンチで夕涼みをしていると、激しい風が吹いてきた。
そして、その風はいった。
「おお、これは綺麗な耳だ」
「よけいなお世話だ」
と、俺は返事をした。

だが、風は何も言わずに俺の耳をもぎ取り、どこかに持って行ってしまった。
遊んでいた子どもたちは、俺を見ると怖がって逃げていった。
また強い風が吹いた。
この風は何も言わなかったが、それは俺がすでに耳を失っていたからかもしれない。
風は俺の腕をもぎ取り、どこかに持って行ってしまった。
近くを通りかかった野良犬が逃げていくのが見えた。

その次に、誰かの頭を持った風が、俺の足を見ると、足をどこかに持って行ってしまった。
かくして俺は、胴体と頭だけになってしまった。
これではもうどうしようもない。
だが、そこへ頭のない胴体が来た。そして、俺の頭を手で触り、眼球だけを持って行ってしまった。何も見えなくなった。

その時、ふたたび激しい風が吹き、俺は胴体をどこかに持って行かれてしまった。
こうして俺は生首になってしまった。
激しい風は、まだ吹き続いていた。そして、俺の頭を持っていった。
俺は体のすべてを失い、風になった。
そこに、一人の男が見えた。

もちろん、俺は耳をもぎ取った。











私は一つの大きな城を買った。
城には、外に通じる扉が三つある。
一つめの白い扉は、表玄関だ。外には平凡な街が広がっている。私はこの風景が好きだ。
二つめの緑の扉を開けると、そこには広い野原がある。いつも青い空が広がっていて、草花がじゅうたんを敷き詰めたように生えている。私はこの風景が好きだ。
だが、三つめの青い扉は、絶対に明けてはならないと、売り主からいわれた。
扉を空けると何があるのかと売り主に聞いてみたが、彼は何も言わなかった。

それから一年が過ぎた。
毎日見続ける二つの扉からの風景に、私は飽き飽きしていた。
ある日、私は青い扉を見つめた。
その向こうには、何か素晴らしい世界が広がっているような気がしてたまらない。
扉を開けようとしたところで、私は手を止めた。
壁をトントンと二度、叩いてみた。それから冷たい水を飲み、気を落ち着けた。
二度とあの扉には触るまい、と、私は考えた。

だが、好奇心には勝てなかった。
それから三日後、再び私はその青い扉の前に立っていた。
扉に手をかけた。
ノブを掴み、ゆっくり引いた。
向こう側を覗いてみた。
そこは、雲の上だった。
そっと足を踏み入れた。
別に何も起こらない。
私はほっとして、とても嬉しくなった。雲の上は温かく、柔らかい光に包まれていた。
心地よさの中を、どこまでも歩いてゆける気がした。
だが、そこで私ははっとした。
おそるおそる、うしろを見てみた。

扉がなくなっていた。

あわてて前を見た。そして、立ちすくんだ。
いつの間にか雲は消え、目の前には地平線が広がっていた。
しばらく私は呆然としていたが、そのうちに体の芯からじわじわと恐怖がわき上がってきた。

私は、いつまでも叫び続けた。







ある日、死が部屋にやってきた。
「なんだ」
と、俺は言った。
死は何も言わなかった。
「おい、出て行ってくれ」
だが、死は動かなかった。
俺は一所懸命、死を外に追い出そうとした。だが、死は少しも動かなかった。

その時、部屋にあるものが、順々に消えていった。
消える前に唯一俺がつかんだものは、ナイフだった。
「出て行かないと、このナイフで刺すぞ」
と、俺は言った。
死は何も言わなかった。
俺は、死に襲いかかった。
死は、ひょいとナイフを交わした。

そして、ナイフが宙に浮かんだかと思うと、
次の瞬間、それは俺に突き刺さっていた。