2006. 5. (10歳)
作・U坊/リライト・Umiko
私は何度か、太陽と月が同じ時間に出ているのを見たことがある。そういう時はたいてい、月の支配する夜は、太陽の支配する昼に負けていた。
ところがその日、私が午後3時に外を歩いていると、いきなり夜がやってきたのだ。
太陽は確かに出ている。
しかし、それでもあたりは真っ暗なのだ。太陽の周りに少しだけ昼が残っていたが、それ以外はすべて夜になっていた。あたりは月が支配する夜でおおわれている。
妙だと思ってまわりを見てみたが、警官が1人いるだけで、あとは誰もいない。私はその警官に声をかけてみた。
「まだ3時だというのに、なぜこんなに暗くなったのです?」
警官は答えた。
「実は突然月が出てきて、それからあたりが暗くなったのです」
「でも、ちゃんと太陽は出ているじゃないですか」
「急に月の力が強くなったのです」
「なぜ知ってるのですか?」
「月から聞きました」
どうやらこの警官は、月と話が出来るらしかった。
「それで、これからどうなるのです?」
「これからずっと夜が続きます」
「それじゃあ、早く何とかして下さい」
「それは無理です」
「なぜです、あなたは月と話が出来る」
「話が出来ても、月はどうしても願いを聞いてくれません」
それではもうどうしようもないと私は考え、仕方なくその場を去った。家に帰ってラジオをつけてみると、ニュースをやっていた。
「今日午後3時頃、突然月の力が強くなり、夜になってしまいました。それでは、この現象について気象予報士のY.Nさんに聞いてみましょう」
Y.Nと呼ばれた気象予報士がラジオに呼び出された。しかし、彼はこう言うだけだった。
「気象予報士の私が呼ばれても仕方がないんです。あなたも言ったとおり、月の力が大きくなっただけなのです」
そこで、アナウンサーは別の人物に話を聞くことにした。
「それでは、天文学者のY.Nさんに来てもらいました。なぜ、このような現象が起きたのでしょう」
しかし、Y.Nと呼ばれた天文学者も、これを説明することは出来なかった。
「それは、月の力が強くなったのであって、それ以外何とも説明のしようがありません」
「いえ、私は、なぜ、月の力が強くなったのか、と聞いているのです」
「そんなこと私に聞かれても困ります、月に聞きなさい、月に」
仕方なくアナウンサーは、もう1人の男を呼び出した。
「では、月と会話が出来るという警察官Y.Nさんに来ていただきました」
それは、私が先ほど話しかけた、あの警官だった。
「いえ、月も自分は力が強くなったとしか言わないのです」
「それでは、なぜ、力が強くなったのか、今ここで月に聞いて下さい」
警官は、どうやら空を見上げて月に話しかけているようだった。
「なぜ、力が強くなったのですか?」
それに対して月がなんと答えたかは、ラジオからは聞こえてこない。しかし、しばらくして警官は言った。
「どうやら、月は水星を食べたようです」
「だけど、水星はいまもちゃんとありますよ」
「いいえ、もうなくなっているはずです」
アナウンサーは質問を変えた。
「だったら、今度は月に、また昼と夜に分けてくれ、と頼んでみて下さい」
「いえ、人間の月は頼みなど聞かないのです、絶対に」
「これは大事な問題だから、多分月は聞いてくれますよ」
「人間にとって大事な問題でも、月にとっては大したことのない問題ですからねぇ」
警官Y.Nの答えはそっけなかった。アナウンサーは声を張り上げて食い下がった。
「空を見てみてください、太陽が真っ黒になっているんです! だから、一刻も早く、月に頼んでみてください」
「太陽が真っ黒になった今となっては、頼んでも意味がないでしょう。月の力が弱まっても、もう明るい昼にはならない」
それっきり、アナウンサーは黙ってしまった。
私はラジオを切り、外を見た。
確かに太陽が真っ黒である。それから、月を探してみた。すると驚いたことに、月の光も弱まっている。どうやら、月自体も、夜に乗っ取られてしまったらしい。
暗すぎる。これからどうする当てもない。おそらく世界中の人間がそうなのだろう。
私はまたラジオをつけた。それしかやることがない。すると、ラジオのアナウンサーが、あるニュースを告げていた。
「つい10分ほど前から、各地で人間が次々と消失しているという報告が入っています。警察では調査を進めていますが、その進めている警察官自体も、何人かは消失しています。
なお、人間消失は今も続いている模様です。皆さん、戸締まりには気をつけてください」
アナウンサーがそこまで言ったところで、いきなりラジオから悲鳴が聞こえた。そして、何かを吸うような音。
私は不気味になり、戸締まりを厳重にした。それから、あちこちで悲鳴が聞こえてきた。それも、人間ばかりではない。犬や猫の鳴き声も聞こえてくる。
私にはわかった。夜は太陽を吸い込み、月を吸い込み、そして地球上の生物を吸い込み始めたのだ。
夜は生きている。
ガラスが割れ、夜が侵入してきた。実体のない、影のようなものだ。
また何かを吸うような音がした。
しかし、その時私はもう、夜の中に吸い込まれていたのだ。
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